さらりとな。日々の暮らしで出逢ったアレコレ。

大抵のことは上手くできないけれど、前向きです。

吉野せい著「洟をたらした神」

 自らを「私は百姓女、むずかしい理屈は知らない」という

著者 吉野せい。

 

1899年福島県小名浜出身、明治時代に生まれた彼女は

高等小学校しか出ていない。

 

17歳で小学校に勤め、21歳の時に詩人で小作開拓農民の

三野混沌(吉野義也)と結婚。

以来開墾と穀物作りに「渾身の血汗を絞った」。

著書は75歳の時の作、若い頃は文学に傾倒したが、

家庭を持ってからは日記を書くことすら

ままならないほど働き詰めだったという。

 

 

2015年1月4日付の日経新聞にこの本が紹介されていた。

開高健に『怖(おそ)るべき老女の出現である』と

言わせ、刊行時に序文を寄せた串田孫一

『刃毀れなどどこにもない斧(おの)で、

一度ですぱっと木を割ったような、

狂いのない切れ味』と評された。

 

それまで筆を持ったことのない人が、これほどまでに

高い評価を得た「洟を垂らした神」には何が書いて

あるのか興味が湧いた。

 

収められた16編は大正11年春から昭和49年春までの、

吉野の偽りのない人生が詰まっていた。

「狂いのない切れ味」の言葉通り、惨苦を、悲哀を、

憤怒を、そして真実をバッサリと斬る。

その表現力に圧倒され、筆致に引き込まれ、

一気に読み進めた。

 

「いもどろぼう」は光景がまざまざと目に浮かぶ。

泥棒と村人の情け容赦のないせめぎあいに

し烈な現実を突きつけられる。

 

梨花」は生後三か月で亡くなったせいの二女の話だ。

「医者を呼ぶか」と混沌。

梨花よ、許せ。私は押し黙っていた。

医者に見せたい。見せたいのは精一ぱいだけれど、

先立つものは金だ。

この夜更け、この暗い不便な山の上に、

この貧乏小屋に、大枚の金がなければ

医者を呼ぶことは出来ないのだ。

財布の底にいくらしかないかを知っている私は、

黙って耐える外はなかったのだ。

 

 梨の花を見て亡き娘を思い出し、

その最期を正確に思い出したい、というせいの

回想から始まる。

これを書き記さなければならなかった、

せいの張り裂けそうな胸の内を思う。

 

時は昭和六年、同じ境遇の人はどれただろうか。 その後、時代は戦争へと突入して行く。


まもなく終わる平成。

昭和が一層遠くなる今、せいのように

生きた人々を、覚えておきたい。

 

f:id:sararitona:20181219205241j:plain

「洟をたらした神」

  著者 吉野せい

  1975年 彌生書房刊

  2012年 中央文庫 初版発行

  2015年 再版発行