さらりとな。日々の暮らしで出逢ったアレコレ。

大抵のことは上手くできないけれど、前向きです。

些事かげん「お盆の頃に思い出すこと」

 母方の祖父は「古場浅見」と言った。

男なのに「あさみ」なんて、変な名前だなと子供の頃は思っていたが、

その名の由来を聞くこともなく、祖父は私が高校一年の時に他界した。

七十代前半であったと思う。

 

 当時、離れて暮らす祖父と会えるのは、年に一度か二度だった。

造船所に勤めていた現役時代は、船の設計士だったと聞く。真面目で綺麗好きで厳格な

人だった。門限は厳守、食事の時に箸の作法一つ間違えば手が飛んできた、と

母から聞かされたことがある。

 

 真っ直ぐ見据える祖父の眼差しは、私の心を見透かすような厳しさがあった。

それが一つの溝となっていて、ふざけて「じいじー」なんて、ひざの上に飛び乗る

ようなことを、私はしたことがない。

とにかく叱られないように怒られないように、「礼儀正しく」という緊張の糸を

いつも張っていた。

 

 そんな祖父だから、思い出は数えるほどしかない。一度だけデパートへ連れて行って

もらったことがあった。祖父と私と弟の三人、という珍しい組み合わせ。

祖父が「何でん好きなもんば、買うてよか(何でも好きなものを買いなさい)」と

言ってくれたのがあまりにも嬉しくて、よく覚えている。

 

 思いがけない祖父の言葉に舞い上がった私は、何故か「好きなものを好きなだけ」と

勝手に解釈したらしい。子供の手には余るほどの買い物袋を提げて帰宅した。

私達の散財に気づいた祖母と母の顔色が見る見る変わったが、祖父は「今日はよか」

とだけ言った。 

 

 鼻を滑る丸メガネをあげながら、吉川英治の本を読んでいた。

お年玉に書く「○○へ」という孫達の名前、いつも私の名前だけを間違えた。

それもわざと。

母に何度注意されても、祖父は頑として聞かなかったという。

そしてその間違った名前の方が「よかよか」と笑っていたという。

 

 その理由を尋ねてみたい。祖父の名の由来と共に。

 

精霊船に祖父の御霊を載せて見送ってから随分と経つのだが、

歳を重ねるごとに近くに感じている。

 

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